2017.6.12

鬼頭祈 さん個展 『STRAWBERRY FIELDS FOREVER』

先月のことになってしまうのですが、、ワンピースとタイツの商品にも参加してくださっているクリエイターの”鬼頭祈さん”の個展にお邪魔させていただきました。
以前、鬼頭さんのワンピースとタイツが入荷したときに可愛くて胸がキュウウウウってなったのが忘れられず個展が開かれるタイミングをずっと狙っていたんです。。!そんな念願叶ってインタビューをさせてもらってもちろんまたワンピースとタイツのメイキングについても話していただきました。そちらはスペシャル記事として、また改めてご紹介します!

今回は先月行われた個展のレポート、作品誕生のルーツなどのお話を。私 ライター川島と同い歳というのもあって、同世代の方が日本画の伝統画法を用いているというのはとても興味深く、とても楽しいインタビューになりました!
鬼頭さんファン必見&今日からファンになってしまうようなお話です。

鬼頭さんの作品には、必ずと言っていいほど登場するのが”小人の女の子”。もう一つの特徴としては、日本画の画法で描かれたタッチ。
もともと子供の頃から絵を描くことは好きで小学生の頃から絵を習っていたそうで、その頃から小さい虫や鳥をよく描いていたそう。日本画もその時にときめいてからずっと好きだったみたいです。

そうして京都造形芸術大学へ進んだあるとき自分に無力さを感じたことがあったそうなのですが、自分の絵に登場する虫や小人に救われたことがあるんだとか。
目の前のものに夢中になって一人一人好きなことをしている純粋無垢な姿から人生こんな風に今この瞬間を生きていけば…と感じ、焦りや不安が消えていったと言います。
確かに何かを強く主張しているわけではないけれど単純に”可愛い”だけでなく、淡々とした健気な姿を見ているとパワーをもらえるような。少し逞しくも感じ「この小人たちに一生ついていきますっ」って感じになりました笑

きっと小人たちは心に住みついて、ときおり現れては、大人になっていくにつれ薄れてしまっている汚れなき無垢な心を呼び戻してくれる小さくて大きな存在になのかなあ。小さい頃読んだ絵本のように、ふとした時の心を支えとなってくれるような。。

こちらは、骸骨を描いてぎょっとするような作品にしたそうです。。今まで絵を描き続けてきて、ファンシーやメルヘンに属されてしまうような作風から”いい感じ”に裏切ってみたいという気持ちで踏み入れたそう。作風から、かわいいらしい仔ウサギLOVEみたいなお人のように人物像を浮かべていましたが、「いい感じに裏切りたい!」という小さなパンク精神もお持ちの鬼頭さんのギャップ、好きです笑!

こちらは和紙に滲み止めをせず描いたもの。つまり生の紙に描いたもので、もちろん下書きはできません。ほわ〜っとした印象から和んだ気持ちでいましたが、それをお聞きすると一気に緊張感、ライブ感、躍動感などがこみ上げてきて私の心はスタンディングオーベーション状態に笑。
会場が本屋さんの中にあるギャラリーだったということもあり、文字のない絵本を読んでいるような気分になりました。

大学で日本画を学び始めたのをきっかけに、普段描いていた小人のイラストも日本画で表現してみたら面白いのではと思い描き始めたそうです。
鬼頭さんの作品は日本画手法を利用しているだけでなく、日本画の歴史を知り、そのルーツにもうまく絡んだ作品だったのです。
鬼頭さんの作品で小人がよく群がっている”いちご”。
いちごが日本に来たのは江戸・明治のこと。ちょうどその頃、日本美術はどんどん洋画に影響されていったときだったそう。
ということは鬼頭さんの作品のように洋画が入る前の日本画のタッチで描かれたいちごの絵はもしかすると存在しないのか?なんてスペシャル作品なんだ!と歴史を知ってこそ得る高揚感!

今回の個展のメインの作品がこちら。いちごが熟す前って虫とかが集まってくるみたいで、「蟻の大群とかって可愛いけれど、ちょっと気持ち悪い。。」そんな瞬間を描いた作品。
鬼頭さんは日本画のタッチだけではなく、何も描かない部分を作って表現している奥ゆかしさだったり、鳥獣戯画の柔らかい線や、洛中洛外図と言って街中や建物の絵を描いているのに遠近法や立体感の表現がない部分なども作品に取り入れているそう。
それが子供の頃からお好きだった日本画を自分なりに継承した形であるとおっしゃっていました。

いちごの他には、スターバックスやお馴染みのお菓子なんかが描かれているのですが、「どの国にもあるものを書いた方が今の日本らしくなる」と鬼頭さんは言います。
それは今の日本のリアリティを出す素材だから。
日本画を描くというと当たり前のように和柄を想像してしまいますが、そうではないのです。発展している国にあるものを題材にして、葛飾北斎の描いた作品だって当時その時起こっていた情景だったに違いないから、あくまでも私たちの周りに普段存在するものを描くというのが自然。

日本画を伝承する人も減少してゆく中、それを用いて日々変わり続ける景色が鬼頭さんのフィルターを通って残されるのはとても大切なものですね。同世代だからこそ共感できたり力をもらえたりしましたし、日本画と向き合うこともなかなかないので、これは鬼頭さんにしかできないことなんだと思います。